『らくごくら』#49 「第10回朝日いつかは名人会 後編」

USA-P2008-08-17

 

 トークショウにしろ噺にしろ、たい平師ならではの細かい気の使われ方はなかなかに出来るものではないと思いつつも、個人的にはちょっと神経質に過ぎると言うか、客への不信感ってのを感じなくもなし。丁寧と言うには過ぎる仕込みや説明ってのが私には若干うざったく思えてしまうんですわ。こればっかりはバランスと言うか本人のニンによると思いますし、ベタベタにハナっから甘えられるのも、全く信頼をしないのもどうかとは思いますが… 『笑点』での師、というのはああいう席ではそんなに求められてはいないと思うんですけどね… まぁTVでの視聴ですから実際の客席の雰囲気とかそこらはよく解らんのですけども、ね…
 
 
 多分、たい平師自身が今、色々と試行錯誤をしている時期なんでしょうか。
真面目で、勉強熱心で、その上で器用だからある程度の結果はいつでも出せれるけれどもでは一人のプロの噺家としてという部分でのウリと言うか特色、独自性という部分では?という点で考えられているんだろうかなぁ… ってのはトークショウでの
「古典しかやらないという人もいるけれども、古典というのは誰がやってもある程度は面白いものになる。だけど自分でちゃんと新作を作ってしかもそれが面白いというのはいい事」
「売れた事のない師匠につくより絶対に売れている師匠につくほうが絶対にいい。何故なら売れるという事を知っているし売れてない時の事を知っている、ってのはとても大きい。売れた事の無い師匠ではそれが解らないから、売れている師匠の方が絶対にいい。」

 というたい平師の言葉にも出てるんじゃないのかなぁ… っと考えてましてね。
正直、視聴の際にはあんまりいい気がしないというか… 特定人物への喧嘩を売っているんじゃね?と思われても仕方の無い、かなりキツ目の刺のある言い方でだったんですけども、後輩の二つ目に対して、ってよりは自分にそう言い聞かせてのものでもあったんじゃぁないのかなぁ… と、当日の師匠のブログ?を読ませて頂いて思ったんですけども… ま、当人ならぬ身、たい平師がいかなる見立てにてあの噺を選びああいう形で演じられ、その出来についてどう思ったかも含めて全て素人の勝手な印象、ですけどもね。