天満天神繁昌亭 『繁昌亭で談春!!立川談春独演会』。

 
 指定の二階へと上がってみると二階席の最後列ながらほぼ真ん中で観易いし後ろに立ち見が出ても気にする必要は無い席なんだけど狭いっ。一度座っちまうと足の位置も角度も変えられないくらいに前との距離が無い。これで駄目だったらシャレにならんよなぁ… っと席に置かれてあるパンフを見ると今日は「包丁」「三軒長屋」、また難しそうな噺だが… と思いながらパンフと一緒にあった「談春からのアンケート」に記載をしているとテンテコテンと鳴り物がして幕が上がり… かけてまた下がって場内に笑い声。ネタ? それともミスなん?(笑) ただこれで場内の空気がまとまった感じになってちょっと間があってから再び鳴り物がしてから今度はスルスルと幕が上がって登場した談春氏への拍手。一体どれくらいの地元の人がいるのかは解らないんだけどこの拍手の大きさに暖かさを感じるし、それを受ける談春氏の佇まいになんかグッときてしまっていて。でもその後に続いて
「立ち見の方がいるのに席が空いているってのは… なんか納得いかねぇなぁ… 嘘です。立ち見の方が安いんですからお客様がお好きな方を選んでくれりゃぁいいんです。」
 とボヤくのは立川流ならでは?(笑)
 んで、開催の経緯話しになったんですが… 元々は交流のある笑福亭鶴瓶氏から
「お前も大阪で独演会をやれ。繁昌亭ならわしがいつでも押さえるから」
 と言われて、本当にただそれだけで特別何か意図なり考えなりがあるのでもなく、鶴瓶師匠がそう言ってくれるんだし… と小屋にお伺いをたててみると上方落語協会、大騒ぎ。繁昌亭で関東の落語家が独演会をした事もなく、しかも申し込んで来たのが談志の弟子、って事で何か企んでるんじゃないのか? 等と協議の為の理事会まで開かれて… って経緯、笑える話にしてあるものの実際そうだるうなぁ… 席にあった春風亭昇太独演会にしてもワッハ上方だし、クラスで言うなら繁昌亭オープンの時に挨拶をした桂歌丸氏とか上はいくらでもいる中で、だもんなぁ… それに加えて数多の関東の落語家が苦しみ悩み時に敗れていった関西で、独演会で、しかもかけるのが大ネタも大ネタな上に登場人物が3人で人情噺の色合いの強い「包丁」に、登場人数が多いわ場面転換も多いわ長いわの「三軒長屋」って、それだけ自信のあるネタ… にしては何か雰囲気が堅いような? もしかしてマゾ?
 口上と言うか前説はゆるゆると続いて
米朝師匠のお宅へ挨拶をしに行く時に乗る電車を間違えて…」
 ってトコでやや早いタイミングで笑いが一階席の左前あたりからおこるのであそこ辺りに関係者やら東京の筋かな? そういや私らのすぐ前の席とか東京からは云々、繁昌亭は、大阪は云々と言ってる人達がいるから完全なアウェイって訳でもないようだが、談春さんの方はどうもこぅピリっとこないと言うか… まぁ噺の前にイレ込み過ぎてもアレだがさて、と始まるのが
 
・「包丁」
 
 なんだがこれが妙な按配で。ボソボソ、っと演出とは思えない非常に弱々しい、迷うような感じの立ち上がり。落語の芸の所作には二階席の為のものは無いのだがその分余計に篭ったものに見えて。
 抑え目に陰気に演られる二人の悪企みが実に暗く、陰気で内に篭った感じにしたのはいいにしても何と言うかノリというか気を感じない。確かに寅はどうにもなんないから間男役を引き受ける事となるにして、それを持ちかける側が羽振りは良くて外に娘みたいな女を囲ってるんだけどまぁ今の女房は堅いから適当な理由をつけて売り飛ばしてしまおうってサラリと言える人間で腹黒さで黒光りしているような男の筈なんだけど、どうもそう聴けずに辛気臭いってのも… バランスなのかなぁ… 探っているのかなぁ… でもノれんよなぁ… っと若干緩む気持ちで所々で笑えはするが会場の空気もつられたように鈍いと言うか重い、じっとりと感じで。
 じりじりとした気持ちで噺が進み寅が静ん処へ行く。ここでのやりとりが見せ場なんだが… と、そろそろ昼間の疲れが出始めたか何となく頭がボンヤリしてきたのが噺が進むにつれすぅっと醒めていく。演者の思惑と芸と会場の空気とがゆっくりと重なりあっていく感じ。それが少しづつ熱と密度を帯びる。大きな声を出したり音を出しているわけではない。気の弱さもある寅が何とか口説こうとしてみるもその度に手酷くあしらわれて、はじめは打ち合わせの事もあるしで大人しかった寅もあまりの仕打ちに意地んなって… ってトコが、少ない動きなのにもかかわらず実にねちっこく、その厭らしさは油が滴るようなものに目がすっかり醒めてしまう。いつ辺りからかはハッキリしないが、さっきまでの談春はそこにはおらず、内に篭った熱が噺の為に抑えていてもなお溢れ出ているような気の張りがあり思わず背を伸ばしてしまう。相手と間合いを計って掴み損ねているような迷っているような空気はもぅ無い。鯉口を切りいつでも抜けるような自信と覚悟がある。それが、抜かれた。そうか、これが談春だったよな… ただ巧いだけじぁゃない。上手と言う噺家でもない。でも、その高座での姿がすっきりと美しく、品がある。情景が浮かぶその向こうに談春がいる。落語の芸の所作には二階席の為のものは無いのだが、二階の一番後ろの席にいてなお伝わる気迫。無駄が全く無いにもかかわらず澄んでいて繊細な美しい日本刀のような人がそこにいる。そこから最後のサゲまでもぅ見事、忘我で迎えたサゲでの拍手は本当に素直な気持ちでして…
 
 ただ我に返ると、個人的には「包丁」って噺が好きじゃない一番の理由、
【追い払う為に寅を誑かす、ってだけならいいが、その後で寅といい仲になってしまっていた。】
 って部分がどうにも納得出来ないって部分、談春さんならではの解釈を見せてくれるかな? って期待もあったんですが特にそういうものは無く、なんとなく出来ちゃったって感じだったのがちょっとだけ残念でありました。理屈じゃなく、そういう事も起こるもんではあるんですが、もひとつそこに説得力があるとは私には思い難いものでしたな… っと妻に話すと
「まぁ男を見る目が無い、って事で。」
 うん、まぁそうとしか出来ないよなぁ… 後に調べてみるとこの噺で女房のおあき(上方では静)は寅に計画を明かされた時に泣かないんだそうな。今回の談春さんは泣かせたが悔し涙から先の、それでも、酷いヤツだと解っていても尚惚れていたってとこから先の、ってのはちょっと弱い気がしまして。以前観た「紺屋高尾」でも高尾太夫が何故?って部分に対して同じような感想を持ったんですが… 伝統芸能として解釈や現代的なアレンジをしないで解らないものは解らないまま、ってのも方法論、古典芸能としてアレンジをして作品のエッセンスを残し伝えるというのも方法論、で、私は談春氏の場合はその中間な気がするんですね。だから談春氏がどういう試行錯誤なり自己研鑽の結果としてこういう形にしたのか?って部分が興味があるんですが、そこをそのまま見せて欲しいってんじゃなくてその形に達したのかが落語を聴く中で理解出来るものになってるのか?って部分も期待していたんですが… って、まぁこれは贅沢ですよね…
 
・「三軒長屋」
 
 簡単な長屋の説明の時点からもぅ談春。柄に手ぇかけた感じでビンビンくるが、その緊張感は決して客を威圧するものではなく、それでいて客の気を外させないものでもぅシビレっぱなしだったが、やはり中盤の喧嘩の手打ちの為に集まった筈の若い衆がやっぱり酒の勢いもついて喧嘩となるくだりはもぅ大上段からの袈裟切りの如く小細工が一切無いど迫力、これが歌舞伎の「助六」の悪態ん後で
成田屋!」
 って声をかける大向こうの気持ちにも通じると言うか、もぅそこで拍手をしたいくらいのをグッと堪えるのはこれが芝居ではなく落語の啖呵だから。とは言えそこからもずい、ずいっと迫り時に引いてまた迫り、そして迎えるサゲに場内は割れんばかりの拍手となりましたし、普段は手の事情もあるんであまり拍手はしない私もしておりましたわ。いや凄かったし、何よりも面白かった! あれだけ長い話で技術だけでなく気力も体力も必要とされる誰にでも出来るわけではない噺を、師匠の談志も一度途中で力尽きたと聞くくらいに演者には厳しいこの噺をが、いつまでも出来るわけではないこの噺、だからこそ出来る今、出し切って演りきった。特に調子、間のつけ方が巧くて客が置いてきぼりになりかけるギリギリのところまでまくし立てたかと思えばするりと行きつ戻りつはねぇ… もぅ本当に最後までアッという間、どれほどの時間が経過していたのかも忘れるくらいに噺に聴き惚れてしまいましたわ…
 
「え〜最後に私の為に三本で締めましょう(笑)」
 というのは妙な感じがしたものの、どこまで談春氏が求めていたのかは解らないものの、演きった上でお客の反応もあった、って事なんだろうなぁ… と思いつつの三本締め。朝席と違って談春氏の姿は出口にはお見かけする事はありませんでしたが余計に立川談春という人の姿や印象が浮かび上がるような感じがしましたな… もぅ笑って笑って楽しんだのですが、笑い疲れた感じがしないんですよな。いい酒のように酔っ払う事が無い気持ちのいい酔いが続く感じで。それでいてクセやエグさが無いわけではなく、満足も満足なんだけどもたれていない、高揚感と多幸感はあるんだけど飛び過ぎない。正直なハナシね、生での落語デビューがこの独演会だったから幸せなんですが、いきなりこんなのを観てしまったんじゃぁこれからが大変だろうなぁ私(笑)。
 立川談春氏の落語が自分の好みってのもあるんだけどやっぱ凄いかったもの。いやもぅ堪らんね、これから談春氏も追いかけようかしらん? っか繁昌亭とか大阪での落語って選択肢は充分アリなのが解っちゃったんだからどうしましょ?と酔いに似た気分での帰り道は妻共々とても幸せな気分でしたわ。いやぁ、同じ時代に、同世代で、こんな素敵な芸人がいるんだなんて… 堪らんよね。