「惜しい、と思うが… 」(『Ray』感想・前編)

<b><font color= blue >▼ ネタバレとかガタガタ言うヤツは以下は読むな、っか、来るな ▼</font></b>

 レイチャールズの伝記を元にしているこの映画、失明前からヘロイン中毒からの決別をする
50年代末までをスピーディに描いているのだが、泣かせや社会へのメッセージなどの説教は
全く無く、むしろ<b>「盲人であったレイは心の盲人でもあったが故に友人を、恋人を、愛人を、
子供を傷つけ続け、薬に溺れていても尚、彼は素晴らしい音楽を作り、演奏し続けてきた」</b>、
というスタンスになっており、そこに努力とか根性とかは無いんよ。むしろセルフィッシュな非道さ
を障害ゆえの… なんて理由に逃げずにあった事として見せてしまっている事ってなかな出来
ないと思うし、彼の楽曲が素晴らしいからこそ、そんな彼の生き様の2時間半もの尺が観れる
のだが… 思うに主人公に感情移入して観る人にはコレ、とっても辛いと思う。レイは聖人で
はなく、金にも女にも汚い部分はあるけど、彼がそうしてきた理由って言うのかな… 彼が抱え
ていた闇… 欲や不安や怒りなどは南部の貧困層の黒人という彼の生い立ち、そして歴史
に拠るものだから簡単には想像がつかないうえに障害者としての、ってのもある上に音楽として
の天才ってのは凡人には理解出来るものじゃないもん。私にも彼がドラッグに溺れなければな
らなかった程の孤独や不安なんて想像出来やしない。そして監督にしろ主演のジェイミー・
フォックスも現代の人間が理解出来る理由なり説明はしないで「あったこと」としてるから、説明
に慣れた人には置いてきぼり感があるんじゃないんだろうか?

 また、<b>「レイは心の盲人でもあったが故に友人を、恋人を、愛人を、子供を傷つけ続け、薬
に溺れていても尚、彼は素晴らしい音楽を作り、演奏し続けてきた」</b>彼が、心の目は開いて
他人に眼を向けれるようになっていく、という流れとまとめが決して巧くいっているとは思えない
のもあって、障害者の努力で感動する事を求める感動乞食には響きにくい映画にもなってる
んだよなぁ…
 だから
レイ・チャールズ 音楽、恋、そして人生、彼は、生きること全てにおいて<天才>だった。」
 という日本版キャッチコピーは大嘘だし、ミスリードどころか悪意すら感じる。
そりゃ日本じゃ感動乞食が多いんだろうが、なんでもかんでも感動作にしなきゃならんワケでも
ねぇだろうが…

(以下は明日に続く)