くるま、車、クルマ。(その9)

 
 一長一短、というより、どの車も魅力的で、その魅力や好感の質がどれも違ったからコレという決め手が思いつかない。
 
どれを選んでも今のランクスよりパワーもトルクも落ちるのだから走行性能的にどうこう、というのは違うとは思う。安全性能的には多分、全てランクスより上。どれも魅力的だからこそ、どれを選んでも後悔や不足感はあるとも言えるワケだし。頭の中で比べても堂々巡りなので諸元表を一覧表にしてみるも、決め手となるほどの何かが自分の中にない。車が何かを託したり自分の欠落感を埋めるものではない。自分の為の場所や空間でもない。かつてスーパーカーへの憧憬はあったけれど、今回こうやって様々な車を眺めてみると私が小学生だった頃と比べると個性や性能だけでなくデザインでもそんなに差があるとも思えないくらいに車への興味が無い。多分、車が何かを、誰かを傷つけたり壊す事になるかもしれない道具でもある事が身に染みているし… 新車だからといって浮かれる気になれないのは10年以上前に妻がお気に入りの新車を盗難車に追突される事で廃車になってしまった、という事もある。車に興味が無く、必要も無いまま東京で暮らしてきた妻が大垣での生活での必要に迫られてディーラー巡りをしていた時に
「これ、これがいい!」
 と情熱と好意を現わしたのは
 

 
お洒落な落ち着いたメイプルレッドマイカメタリックのそれを本当に気に入っていて、大事に乗っていて楽しそうだったのにある日の朝、何も昨日までと違わない朝に盗難車に追突されて廃車。犯人はそのまま逃げた後で車に火をつけて捕まらず… 新婚の時期でもあったので私には怒りよりも恐怖があって… 幸い、妻には怪我も後遺症も無かったけれど、頭では分かっているし世の中のニュースとなるものが基本、唐突で理不尽で降りかかるものであった事に自分がそういう立場になると呆気なさと喪失感に深く深く恐怖を感じてしまって… どれほどに思い出や思い入れがあっても、自分に非が無くとも失われてしまう。それを思うと、確かに気楽においそれと買える価格帯ではない代物ではあるけれども… と思考はやっぱりループしてしまう。カタログを見て、展示車での事を思い出して、諸元表一覧を眺めて… ってのを繰り返して繰り返して繰り返してすっかり煮詰まってしまってどうにもならなくなる。自分の車の事ではある筈なんだが… とウンザリしていてふと、誰かの為、ならば… と考えたら妻しかない。なので
「なにかこぅ、車を決めるのにいい視点っか意見って無いですかね?」
 と尋ねてみると妻は暫し考えて、言った。
 

 
「夫にとって車が日常生活における道具、なんでしょ? だったら毎日の朝、駅まで運転するところを想像してみたら?」
 妻のその一言にハッとなった。
あれこれと想定したり想像したりしてたけど、一番の基本、それこそ納車の翌日からの毎日ってのを完全に失念していた。やはり何処かで浮かれていたのか、それともそれぞれの車の個性や魅力に惹かれていたのか。とりあえず、平日の朝をイメージする。良く眠れた日もあればそうでない日もある。天気が良い時もあれば悪い時もある。快調な時もあれば前日の疲れが抜けてなかったり風邪とかの体調不良の日もある朝… と考えてみて、まず、デミオが脱落した。ちゃんと前から決めた休日のドライブなら間違いなく一番楽しそうな車、だけど毎日の朝となるとあの電装品の多さは想像するだけでゲンナリして。またコックピットのような運転席の空間は窮屈ではなかったけどフロントグラスがスイフトやノートよりは寝ていた分余計に圧迫感があって。フロントの長さやグラマラスなボディで見辛いサイドからのリアとか、慣れれば大丈夫なんだろうけれど、3つの候補で比べると心理的に辛さを感じてしまって… 一番の候補だった筈なんだけど、日常使いとしての利便性って点でも確かに細か過ぎる部分もあって。そしてよくよく想像してみて、落ちたのはノートだった。トータルなバランス、まとめ方としてはノートなのかもしれないが最後の最後で細かい部分での視界の差が気になる… 特にピラーの太さと三角窓はラングレーを思い出してなんかこぅ… そしてシートの狭さが毎日の事、となると。どんな日でも落ち着いて運転がしたい。カッ飛ばなくてもいいから自分の身体観と大きくズレない為にはそんなに収納のスペースも必要無いし… と考えていくと、スイフトも一番シンプルなXGの2WDでいいか、とスンナリと決まっていた。走りのパワフルさではデミオには勝てないんだからDJEよりもノーマルのエンジンでいいし、高速走行時の安定性より日々の取り回しなら15インチでも今のランクスよりも旋回半径が小さくなるんだしメーカー純正のオプションも無いんだし。豪雨とかの視界が悪い時にはHIDよか構造的にフォグランプがあればいいんだし… と、一通り想定してみて特に後悔も逡巡も無かった。これで、やっとこさ、決まったんだなぁ… と思った後には、新車への期待とか高揚感よりはホッとした、という感じで…
 
 
銀行側の設定でローンの利率は一番安いものとなって。当初の融資希望額からは大幅に下がって、ってのに行員さんはちょっと苦笑いしてるようにも見えたのは多分、期のせいだろう。ディーラーで保険も設計してもらったんだけど最近できたという無保険、盗難車による事故への補償は組み込んだので今迄より数百円高くなったがそれで構わなかった。スズキ側のお盆休みの関係で引き渡しは9月の最初の日曜日に決まって後は待つだけ、となってランクスの運転に何か感じるかなぁ… と思ったのだが、やはり特にこれという事も感じないでいて。私にはいい車だったんだな、と思う。毎日を普通に、平穏に。神経を使う事もなければ心配もさせずに15年、だもの。本当かどうかは知らないが車検も残っているし在庫確保の為に中古車として販売する予定だそうだが… 正直、あちこち相当にレストアしないと駄目のような気はするしそのコストに見合うだけの販売価格で利益出せるの?って疑問はあるが、本体の走りという部分では本当にブレないというか、しっかりしているというか。こういう丈夫さや安心感が世界のトヨタなんだろうなぁ… 多分、引き渡しの時でも特に感慨は湧かないんだろう。でも、その日を迎えられる事への感謝はしたい、と思った。(続く)