「ひりりっ、と」

 名古屋駅までの帰り道。
あちらこちらで呼び込みだのビラ配りなどがなされてる。
存在自体がうざったいので
「近寄るなよコラ」
 というカンジで相手に一瞥をくれると、とりあえず声を
かけられたりする事は無いのだが…
 ま、180センチあるし私。
 
 その兄ちゃんは夕暮れの人混みの中でも目立つ程度に
背が高くヒョロリとしていた。多分、身長だけなら私と
一緒くらいかもしれないが、ウエイトでいけば20キロ
くらいの差はあったろう。
 だが、ただのビラ配りにしては妙な雰囲気があった。
どこがどう、とは言えないが、私の神経に引っかかる
ものを感じていた。ちらり、といつも通りに一瞥をくれて
すり抜けようとした私の鼻面にチラシがつきつけられた。
「どうぞ」
「あん?」
 喧嘩売ってんのか手前ぇ… と見た私の前で、
兄ちゃんはニタリ、と笑ってみせた。
 ニコリ、ではない。
 ニコニコ、でもない。
 ニヤリ、というのでもない。
 ニタリ、と笑ってチラシを突き付けている。
ナメているのでも、挑発しているのでもなく。投げやり
という訳ではないが挑むようでもなく。笑ってはいても
空虚な顔。
「無茶しよんな」
 チラシを受け取ると兄ちゃんは口の端だけで笑い、背を
向けた。受け取ったのは、ただの英会話のチラシでしか
なかったが、他のチラシのゆには付近の道路には捨てられ
てはいなかった。
 
「無事で無傷で勝てる」
 とは思わないのと同じ程度には
「負けない」
 とは思ってはいる。しかし…
勝つのか、負けるのか、どちらになるかよくわからない
ような相手というのも久しぶりに会ったような気がして。
 ひりり、としたささくれのようなものが、まだ心に。